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昭和の都電の姿を系統別にまとめ、発掘写真とともに振り返る。第6巻は、23系統(福神橋〜月島通八丁目)から、28系統(錦糸町駅前〜都庁前)までを収録する。【「TRC MARC」の商品解説】

「都電が走った東京アルバム」第6巻では、主として下町を走る7つの系統を取り上げた。このシリーズは系統番号の順に刊行を進めているので、本巻も各路線の環境や性格はまちまちだが、それを分類すれば、以下のように分けられる。①下町と都心部を結ぶ幹線系の25系統(西荒川~錦糸町~両国~神田橋~日比谷公園)と、28系統(錦糸町駅前~門前仲町~日本橋~都庁前)、②地域密着系の23系統(福神橋~押上~門前仲町~月島通八丁目)と、24系統(福神橋~浅草~上野~須田町)、③1952(昭和27)年に戦後のトップを切って廃止になった孤立路線の26系統(東荒川~今井橋)、④現存する荒川線(愛称名「東京さくらトラム」)の一部を構成する旧27系統(三ノ輪橋~王子駅前~赤羽)。
これらの路線は個性的で、それぞれに思い出をもつ人も多い。その一方で「都電はどれも同じような電車に見えて、その路線や系統ならでは…という車両面の個性の強さに欠けている」という声も耳にする。路線によってさまざまな性格を持つ都電だったが、確かに車両面に関してはどの路線も大同小異で、画一化が進んでいたことは否めない。それには理由があり、利用客に「公平なサービスを提供する」という大前提から、多くの量産型車両を均等に各電車営業所に配置した(バラ撒いた)結果だったとも言える。それだけサービスの均等化が進んでいたわけである。
日本一車両数の多い路面電車である都電であったので、車両に関してはこうした均等方式によって、都民から不公平を非難する声は出ていなかったと記憶している。本巻の場合も、各位の写された写真に登場する都電車両は、系統や場所が異なっていても同じスタイルの電車が大半を占めている。それが「均等なおもてなし」に徹していた都電の日常風景であったとお考えいただきたく、同じ型の車両が背景の違いによってさまざまな表情を見せていた昭和期の姿を味わってほしい。【商品解説】